『冬のなんかさ、春のなんかね』第1話──「視線のじゃれ合い」と言葉にできない余韻をポケットに。

杉咲花 新ドラマ エンタメ

2026年1月14日、日本テレビ系で始まった新ドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』。見終わった後、僕は主人公・文菜(杉咲花)が最後に呟いた言葉と同じ気分に浸っていました。

「考えてもわからないことを、ずっと考え続けている」

そんな、静かで、でも確かな重みを持った余韻が今も胸に残っています。

日常のようで、自分には起こらない「特別な日常」

このドラマは不思議です。コインランドリーでの偶然の出会い、古着屋でのアルバイト、誰かと交わす他愛ない会話。描かれているのは、どこにでもありそうな「日常の積み重ね」です。

でも、どこか違う。
それは「日常」を描きながら、僕たちの日常には決して起こり得ないような、純度の高い瞬間の連続なのです。

今泉力哉監督が切り取る映像は、説明を削ぎ落とし、余白を大切にしています。だからこそ、杉咲花さん演じる文菜のふとした表情や間の取り方に、僕たちは「自分だけが知っているはずの感情」を見出してしまうのかもしれません。

「視線のじゃれ合い」という言葉が照らすもの

第1話で僕の心に深く刺さったのは、「視線のじゃれ合い」という言葉でした。

恋愛が始まるか始まらないか、その淡い境界線にいるとき。言葉を交わすよりも雄弁に、視線がぶつかり、逸れ、また重なる。あの曖昧で、もどかしくも甘美な時間を、これほど的確に言い当てた言葉があるでしょうか。

言葉にできない感情を、脚本が鮮やかな「言葉」として提示してくれる。
日常の些細な片隅に、これほど多くの感情が乗っていることに気づかせてくれる。
その繊細な筆致に、僕は救われるような思いがしました。

誰にも言わず、こっそり「秘密」を共有する時間

杉咲花さんは、この作品を「誰にも見せず、そっとポケットに忍ばせていたくなるようなドラマ」と表現しています。

まさにその通りだと思います。SNSで賑やかに感想を言い合うよりも、深夜に一人、自分の過去や今の感覚と照らし合わせながら、ドラマと自分だけの「秘密」を共有しているような。そんな親密な熱量を持った作品です。

万人受けするドラマではないかもしれません。けれど、なかなか理解されにくい葛藤や、優しすぎるがゆえに抱えてしまう小さな痛みを知っている人には、驚くほど深く、静かに合致するはずです。

考えてもわからないことを、愛おしむ

「冬」と「春」の間にある、名前のつかない季節のように。「なんかさ」「なんかね」としか言いようのない、割り切れない感情。

答えの出ない問いに向き合い、わからないことをわからないままに抱えて生きていく。その停滞こそが、実はとても豊かなことなのではないか。

第1話を見終えて、Homecomingsの主題歌『knit』が編み上げる温かくて寂しい余韻に浸りながら、僕も一緒に、そんなことを考え続けています。

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