2025年8月5日、エスコンフィールド北海道での日本ハム対西武戦。6-1というスコア以上に、今のファイターズの強さ、そして新庄監督が目指してきた野球の形がくっきりと見えた試合でした。
この日のヒーローは一人に絞れません。安定感抜群の投球で試合を作った山﨑福也投手。そして、常識にとらわれない采配で流れを一気に引き寄せた新庄監督。この二人の仕事ががっちり噛み合ったからこそ生まれたのが、3回のビッグイニングであり、球場全体がどよめいた万波中正選手の「2ランスクイズ」でした。
この試合を振り返りながら、山﨑投手の「無四球」がいかにして新庄監督の采配を後押しし、万波選手の奇策を「必然」に変えたのかを、僕なりに解き明かしてみたいと思います。
試合の土台を作った、山﨑福也の「無四球」というアート
この日の勝利の立役者は、間違いなく先発の山﨑福也投手でしょう。彼のピッチングは、奪三振ショーのような派手さはありませんが、野球の最も大切な部分である「ゲームをコントロールする力」に満ちていました。
7回を投げて100球、被安打5、失点1。そして何より輝くのが「与四球0」という数字です。
無駄なランナーを出さないことで、相手に攻撃のきっかけを与えず、試合の主導権を完全に握る。打たせて取るスタイルで淡々とアウトを重ねる姿は、まさに職人芸でした。
その真骨頂が見られたのが3回表。先頭打者に二塁打を打たれ、無死二塁のピンチを迎えます。試合が動きかねない場面でしたが、山﨑投手は全く慌てませんでした。後続をきっちり打ち取り、無失点で切り抜けます。
力でねじ伏せるのではなく、自分のスタイルを貫いてピンチを乗り越える。この落ち着き払った投球が、直後の味方の猛攻を呼び込む最高の雰囲気を作りました。
7回にホームランを打たれはしましたが、すでに6-0と点差が開いた場面。その後も崩れることなく、きっちり後続を断ったところに、彼の真の安定感が表れていました。
投手へのこの絶対的な信頼があるからこそ、監督は大胆な作戦を取ることができる。山﨑投手の静かな快投は、これから始まる「新庄劇場」のための、最高の舞台装置だったのです。
新庄采配の真骨頂。すべてが噛み合った魔の3回裏
山﨑投手が作った流れに乗り、ファイターズ打線が爆発したのが3回裏でした。この回の5点は、ただ打線が繋がっただけでなく、新庄監督の描いた脚本通りに選手たちが躍動した、まさに「新庄野球」のショーケースです。
水谷選手の先制打の後、石井一成選手のヒットで満塁とさらにチャンスが広がりました。新庄監督が試合後に「あそこで振ってくれる石井くんに感謝」と語ったように、チーム全体に「積極的に打ちにいく」という意識が浸透している証拠でした。
一死後、4番の郡司裕也選手がセンターへ2点タイムリーを放ち、なおも一死二、三塁。ここで球場の誰もが長打を期待する中、打席には万波中正選手。新庄監督が選んだのは、誰もが意表を突かれた「2ランスクイズ」でした。
万波選手はこのサインに見事に応え、三塁線へ絶妙なバント。二人の走者が還り、スコアは一気に5-0となりました。
この奇策には、新庄監督の深い洞察がありました。試合後のコメントから、その意図を読み解くことができます。
一つは、不振にあえぐ万波選手への配慮。「バッティングの調子が良くないから、ああいうので乗ってほしい」という言葉には、打つこと以外での貢献で自信を取り戻させたいという、親心のような思いが感じられます。
二つ目は、相手の布陣を分析した上での判断。「(一、三塁が)外国人じゃなかったら、してないかもしれない」と語り、相手の虚を突く計算があったことを明かしました。
そして三つ目は、選手への信頼です。パワーヒッターの万波選手ですが、監督は「フリーバッティングのバントとか器用にするし、さすが横浜高校だなと」と、彼の隠れた技術の高さを評価していました。決して無謀な賭けではなかったのです。
多彩な戦術と、選手一人ひとりの特徴を活かした采配。緻密な計算と大胆な決断、そして選手への深い信頼。これこそが「新庄野球」の面白さであり、強さの源なのでしょう。
言葉でチームを導く、新庄監督のリーダーシップ
試合後の新庄監督の言葉は、いつも示唆に富んでいます。
2ランスクイズのリスクについて聞かれると、「あれがサードフライ、ダブルプレーだったらアンチがお祭り騒ぎ(笑い)」と笑い飛ばしました。これは、作戦が失敗した時の非難は、選手ではなく自分がすべて引き受けるという強い意志の表れです。選手たちは「失敗したらどうしよう」というプレッシャーから解放され、思い切ったプレーに集中できます。
また、この日の采配を「この4年間やってきたことが、なんか今になって『あぁ、しっかり決めてくれて、やってきてよかったな』って思いますね」と感慨深げに語ったのも印象的でした。この一言が、この日の勝利を、4年間のチーム作りの一つの集大成として位置づけました。
奔放に見えながらも、勝負の駆け引きに関しては決して手の内を明かさない。それでいて、選手が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を、言葉と行動で作り上げていく。この独特のリーダーシップが、常識を覆すファイターズの野球を支えているのだと、改めて感じさせられました。
全員で掴んだ、会心の勝利
この日の勝利は、山﨑投手と新庄監督だけのものではありません。8回を完璧に抑えた金村尚真投手、9回を締めた齋藤友貴哉投手と、リリーフ陣も盤石でした。投打、そしてベンチワークのすべてが完璧に噛み合った、まさに全員野球での勝利です。
この勝利でチームは3連勝、貯金も今季最多タイの22となりました。単なる1勝以上の価値がある、チームにさらなる勢いをもたらす一勝だったと言えるでしょう。
投手の安定感を土台に、監督が緻密かつ大胆な采配を振るい、選手たちがその意図を汲んで最高のパフォーマンスを発揮する。8月5日の試合は、これ以上ないほど「新庄野球」を体現した、記憶に残る名ゲームでした。
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