地獄から天国へ。清宮幸太郎が演じたミスの後の決勝弾と、新庄監督が仕掛けた「予言」のシナリオ

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「このチームで監督するのもうしんどい(笑い)。ソフトバンク3連戦で三振40個で、この楽天戦で27点。情緒不安定になるわ(笑い)」

試合後、北海道日本ハムファイターズの新庄剛志監督は、そう言って報道陣を笑わせた。この言葉こそ、7月6日にエスコンフィールド北海道で行われた東北楽天ゴールデンイーグルスとの一戦、いや、このチームの現状そのものを完璧に表現していた。直前の福岡ソフトバンクホークス戦では3連敗を喫し、チーム全体で40もの三振を積み重ねるという屈辱的な攻撃の停滞を見せた。それが一転、本拠地に戻ってからの楽天とのシリーズでは打線が爆発。3試合で合わせて27点を叩き出した。

この極端な浮き沈みは、単なる不安定さではない。新庄監督は、他の指揮官が頭を抱えるであろうこの「気まぐれさ」を、むしろチームの魅力としてブランド化している。予測不能な展開、劇的な逆転、そして時折見せる脆さ。そのすべてが「BIGBOSS」がプロデュースするエンターテインメントの重要な要素なのだ。この日の試合は、まさにその「新庄劇場」の真骨頂とも言える一戦となった。

転落:清宮のエラーと崩壊したイニング

物語の最初の大きなうねりは、2回表に訪れた。すでに楽天が1点を先制し、日本ハムの先発マウンドには若き達孝太が立っていた。この回先頭、楽天のゴンザレスが放った打球は三塁を守る清宮幸太郎の元へ。ごく普通のサードゴロに見えたが、清宮の一塁への送球が逸れ、ボールはファーストのミットを大きく外れた。無死の走者を許す痛恨の悪送球。これが、悪夢の始まりだった。

この一つのミスが、ドミノ倒しのように守備陣全体、そして何より若い投手の心理を揺さぶった。無死二塁のピンチを招くと、楽天打線はこれを見逃さない。7番・黒川史陽にライトへのタイムリーツーベースを浴びて2点目。続く8番・堀内謙伍にもライト前へ運ばれ、あっという間に3点目を失った。動揺はマウンド上の達にも伝染する。二死二、三塁の場面で、まさかのボークを宣告され、三塁走者が生還。スコアは0-4となった。

清宮のエラーから始まったこのイニングだけで、チームは3点を失った。試合後のヒーローインタビューで「達に本当に申し訳ないプレーをしてしまって」と語った清宮の言葉には、この瞬間の自責の念が色濃く滲んでいた。単なる記録上のエラーではない。チームの勢いを止め、若い投手の肩に重圧をかけ、試合の流れを相手に完全に明け渡してしまった、重い重い一つのプレーだった。

集団での反撃:レイエスの満塁弾がスコアをリセットするも、残された「個人の負債」


しかし、今のファイターズはここで沈むチームではない。4点を追うその裏、2回裏にすぐさま反撃の狼煙を上げる。打線がつながり、無死満塁という絶好のチャンスを作り出した。

そして一死満塁で打席に立ったのは、4番のアリエル・レイエス。彼は、新庄監督から常々「右手を離す癖をやめてほしい」「フィニッシュを大事にしてほしい」と指導を受けていた。その教えを体現するかのように、レイエスは楽天の先発・藤井聖が投じた球を完璧に捉えた。打球はバックスクリーンへ一直線に突き刺さる、起死回生の第16号逆転満塁ホームラン。指揮官が「今日のホームランなんかも、もうまさしく両手で打って戻す」と絶賛した、美しいフィニッシュの豪快な一発だった。

一振りで0-4のビハインドは6-4のリードに変わった。スタジアムのボルテージは最高潮に達し、チームはエラーによる失点を帳消しにした。だが、この劇的な展開は、物語に新たな緊張感を生み出していた。チームの負債は返済されたが、エラーをした清宮幸太郎個人の負債は、まだ残されたままだった。チームが逆転したことで、彼の個人的な汚名返上の機会は、より一層重みを増して彼を待ち受けることになったのである。

監督の策略:同点劇と仕掛けられた布石

レイエスのグランドスラムで熱狂に包まれた試合は、しかし、そのままでは終わらない。楽天も粘りを見せ、4回に1点を返すと、6回表には中島大輔のタイムリースリーベースでついに6-6の同点に追いついた。試合は振り出しに戻り、息詰まるような緊張感がエスコンフィールドを支配する。

そして運命の7回裏、日本ハムの攻撃。レイエスが四球で出塁すると、新庄監督が動いた。代走に俊足の五十幡亮汰を起用。この采配の意図を問われた監督は、後にこう明かしている。「(投手を乱そうと?)そうそう。そこがポイントです」。さらに「清宮君がエラーしてたんで、(五十幡が塁上にいることで相手バッテリーの意識が散漫になり、甘い球が来る可能性が高まる。ヒットで)間を抜いたり。まっすぐが増えて、1点取れたらいいかなっていう」と続けた。

これは単なる盗塁や進塁を期待した代走ではなかった。走者のプレッシャーによって相手投手の集中力を削ぎ、投球のリズムを乱し、結果として打席の清宮に有利な状況を作り出すための、高度な心理戦であり、戦略的な布石だった。監督は、清宮が打席に立つ前から、彼がヒーローになるための舞台を整え始めていたのだ。

贖罪の放物線:自らの本拠地で放ったヒーローの咆哮

舞台は整った。7回裏、6-6の同点、二死一塁。マウンドには楽天の加治屋蓮。打席には、この日、誰よりも「取り返したい」という思いを胸に秘めた清宮幸太郎が立っていた。

一塁走者・五十幡の存在は、即座に効果を発揮した。加治屋は二度、一塁へ鋭い牽制球を投じる。新庄監督の狙い通り、バッテリーの意識は走者に大きく割かれていた。フルカウントからの7球目。内角高めに投じられたストレートを、清宮は振り抜いた。

「カキン!」という乾いた音と共に、白球はライトスタンドへ吸い込まれていった。

地獄から天国へ。ミスを取り返すにはあまりにも劇的な、勝ち越しの第6号2ランホームラン。スコアボードに「8-6」の数字が灯ると、3万人を超える観客で埋まったエスコンフィールドは、割れんばかりの大歓声に揺れた。

この一発には、幾重もの意味が込められていた。それは試合を決める決勝打であり、2回のエラーを帳消しにする個人的な贖罪の一打であり、監督の采配に応える信頼の一打だった。そして何よりも、これが今シーズン、清宮が本拠地エスコンフィールドで放った待望の第1号アーチだったのだ。

ヒーローインタビューで、清宮は「絶対取り返そうと思って、プレーしていました」「やっぱりエスコンのホームランが一番気持ち良いです」と語り、ファンに向けて高らかに宣言した。「お待たせしました」と。

「BIGBOSS」の福音:新庄哲学の体現

この劇的な試合の後、新庄監督の言葉は示唆に富んでいた。特に清宮の本塁打については、まるで未来が見えていたかのようにこう語った。

「でも、エラーしたから打つと思ったね。エラーしたら打ちよるからね。」

失敗を糧に成長する。ミスをバネに結果を出す。これは単なる精神論ではなく、新庄監督が選手たちの中に見てきた確かな傾向であり、信頼の証だった。彼は、エラーをした選手を責めるのではなく、その後のリベンジを期待し、信じて待つ。

その哲学は、5回5失点と苦しんだ先発・達へのコメントにも表れている。「今日の達君はいい勉強になってたし、いい経験になったと思うから。プロ野球という世界はそんなに甘くないよっていうのはね、知れた意味ではいいゲームでしたね。」目先の勝敗だけでなく、選手の長期的な成長を見据えた、まさに教育者としての視点だ。

ソフトバンクへの3連敗からの3連勝という結果に対しても、「3つ負けたら、3つ勝ちゃいいだけでしょ。それだけのこと」と事もなげに言う。過去を引きずらず、目の前の試合に集中させるシンプルな思考法。そして、ヒーローとなった清宮だけでなく、3年ぶりの白星を挙げた中継ぎの玉井大翔に対しても「信頼ありますよ。信頼ある」と称賛を惜しまない。エラーで始まり、満塁弾で逆転し、追いつかれ、そして最後はエラーをした当事者の決勝ホームランで幕を閉じる。まさに「情緒不安定」なジェットコースターゲームは、新庄監督が標榜するエンターテインメント野球の集大成だった。ヒーローインタビューで「正真正銘の夏男になれるように」と誓った清宮幸太郎 4。この日の地獄と天国を味わった経験は、彼を、そしてファイターズを、さらに強く、面白くするに違いない。

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