シーズン終盤、ZOZOマリンに見たファイターズの確かな意志
秋風が吹き始めた9月28日のZOZOマリンスタジアム。ペナントレースの大勢が決まり、いわゆる「消化試合」と呼ばれる一戦には、時として独特の静けさが漂う。しかし、最終的な順位が動かないからといって、そこに戦う意味がないわけではない。むしろ、そんな状況だからこそ見えてくる、選手個々の目標やポストシーズン、さらには未来への布石がある。
この日の北海道日本ハムファイターズは、最終スコア4-3で千葉ロッテマリーンズに勝利した。この1勝という数字以上に、ファンに確かな希望と興奮を与えたのは、二人の若き野手が見せた輝きだった。一つは、パ・リーグの最多安打タイトルに挑む清宮幸太郎選手の執念。もう一つは、ポストシーズンでの活躍を期待させる水谷瞬選手の躍動。そして、その二つの物語を静かに、しかし確かに後押しした新庄剛志監督の采配。この試合は、シーズン終盤だからこそ描かれた、未来へと繋がる確かな意志の物語であった。
新庄監督が仕掛けた「一番・清宮」という名のメッセージ
試合開始前、パ・リーグの最多安打争いは熾烈を極めていた。トップを走るのは楽天の村林一輝選手で141安da。それを、西武のネビン選手と並ぶ137安打で清宮選手が追う展開だった。残り試合がわずかとなる中、4本の差を埋めるのは容易ではない。そんな状況で新庄監督が下した決断は、清宮選手を「一番打者」として起用することだった。
これは、少しでも多く打席に立つ機会を与え、タイトル獲得の可能性を最大限に高めるための、明確な戦略的采配である。単なる打順の変更ではなく、選手個人の目標達成をチームとして後押しするという、組織からの力強いメッセージでもあった。その意図は清宮選手本人にも届いており、試合後には「(メッセージ性を)感じました」と語っている。
その期待に応えるかのように、清宮選手は第一打席から快音を響かせた。初回、先頭打者として打席に入ると、ロッテの先発・小島投手のボールを捉え、フェンス直撃の二塁打を放つ。この積極的な一打は、彼自身のタイトルへの意欲を示すと同時に、チームに勢いをもたらした。
その後も清宮選手のバットは止まらない。5回にはショートへの内野安打をもぎ取り、7回にはライト前へこの日3本目となるヒットを記録。これでシーズン通算安打を140本とし、トップの村林選手にあと1本と迫った。最終的に5打数3安打の「猛打賞」という最高の結果で、監督の起用に応えた。
試合後の新庄監督のコメントは、その独特の哲学を浮き彫りにする。「なんか(報道陣が最多安打のタイトルが懸かっていると)言っているから、しないといけないかなと(笑)」と冗談めかして語る裏で、「きのうの(最多安打が狙えるという)情報がなかったら1番を打たせていない」と、その意図が明確な戦略であったことを認めている。この軽妙な語り口は、選手に過度なプレッシャーを与えないための配慮だろう。監督が直接「タイトルのために一番を打て」と命じるのではなく、「メディアが騒ぐから」という形を取ることで、重圧を外部に逃がし、選手がプレーに集中できる環境を巧みに作り出している。
さらに興味深いのは、「まあでも、これで取ったとしてもピンとこない(笑)」という言葉だ。これは、常に選手に高いレベルを求める新庄監督ならではの、愛のある叱咤激励だろう。最多安打という響きは素晴らしいが、シーズン140本程度の数字でタイトルを獲ることに満足してほしくない、というメッセージが込められている。事実、監督は選手の活躍に対して、あえて物足りなさを口にすることで、さらなる高みを目指すよう促してきた経緯がある。実利(タイトル)を追求させつつも、決して現状に満足させない。この一見矛盾した二面性こそが、新庄監督の奥深さであり、選手を成長させる独自の手法なのかもしれない。
もう一人の主役、水谷瞬が奏でた圧巻の四重奏
清宮選手のタイトルへの挑戦がこの試合の大きな縦軸だったとすれば、勝利という結果を力強く手繰り寄せたのは、もう一人の主役、水谷瞬選手だった。彼のバットは、この日誰よりも輝きを放っていた。
圧巻だったのは、2回と4回に放った2打席連続の三塁打だ。いずれもZOZOマリンスタジアムの広いセンターフェンスに到達する大きな当たりで、チームの得点機を一人で作り出した。2回は先頭打者として三塁打を放ち、矢澤選手の内野ゴロの間に先制のホームを踏む。4回も再び三塁打で出塁し、犠牲フライで同点の走者となった。
さらに6回には内野安打、そして勝負が決まった8回には勝ち越し劇の口火を切る安打を放ち、この日は4打数4安打の大活躍。ファイターズが挙げた4点のうち、実に3点に彼の出塁が直接絡んでいる。清宮選手の安打が記録への「積み重ね」であったのに対し、水谷選手の安打は試合の流れを決定づける「一撃」だった。個人の目標とチームの勝利、二つの異なる目的が、この日のファイターズ打線の中で見事に共存していた。
三塁打は、長打力と俊足を兼ね備えていなければ生まれない、野球で最も美しいプレーの一つと言われる。それを一試合で2度も記録したという事実は、水谷選手の持つ高い身体能力とポテンシャルを雄弁に物語っている。この日のパフォーマンスは、単に「調子が良かった一日」ではない。ポストシーズン、そしてその先へ、チームの中軸を担う存在になるという、首脳陣とファンに対する力強い「所信表明」でもあった。消化試合という舞台で、彼は誰よりも意味のある結果を残したのだ。
派手さなくとも、粘り強い。これぞ新庄野球の勝ちパターン
この試合のファイターズの得点シーンを振り返ると、本塁打のような派手な一発は一つもなかった。2回の矢澤選手の内野ゴロ、4回と7回の犠牲フライ、そして8回の山縣選手の決勝犠牲フライと、いずれも状況に応じた打撃で粘り強く得点を重ねている。これは、新庄監督がチームに浸透させてきた、状況に応じた攻撃で1点を取りに行く野球の真骨頂と言えるだろう。
その姿勢は、監督のコメントからも窺える。2回の攻撃について、「せこい技で取ったのに、1点」「中間守備でどうなるのかなと。ちょっと試したくて」と語っている。この言葉は、勝利を目指す一方で、この試合を今後を見据えた「実験の場」としても活用していることを示している。勝敗のプレッシャーが少ない状況だからこそ、新しい戦術を試し、データを収集する。一つの試合に、選手の個人目標のサポート、チームの勝利、そして未来への戦術的リハーサルという、少なくとも三つの目的を持たせる。これこそが、新庄監督の合理的で包括的なチームマネジメント術である。
投手陣もその粘り強い戦いを支えた。先発の伊藤大海投手は6回を投げ3失点ながら自責点は0。不運な形での失点にも大崩れせず、エースの役割を果たした。その後を継いだ山崎福也投手(移籍後リリーフで初勝利)、杉浦稔大投手、齋藤友貴哉投手の救援陣は1点のリードを無失点で守り抜き、接戦をものにした。
残り2試合、タイトルの行方と今後への確かな光明
終わってみれば、わずか1点差の勝利。しかしその背景には、タイトルを追い求める選手の執念と、今後の飛躍を誓う選手の躍動という、二つの大きな物語があった。清宮選手は、最多安打のタイトルまであと1本に迫り、シーズン最終盤の残り2試合に大きな注目が集まることになった。
この日の勝利がもたらしたものは、順位表には現れない、しかしそれ以上に価値のあるものだったのかもしれない。それは、たとえ消化試合であっても目的を持って戦うチームの姿勢であり、水谷瞬が見せた確かな存在感であり、そして選手の夢を全力で後押しする指揮官の存在である。ZOZOマリンの夜空に灯った二つの光は、ファイターズの未来が明るいものであることを、静かに、しかし力強く示していた。
© 2025 TrendTackle. All rights reserved.
コメント