クラシックの予感漂う、北の大地での一戦
2025年4月11日、金曜日の夜。北の大地、エスコンフィールドHOKKAIDOには29,686人の観衆が集結した。パシフィック・リーグ公式戦、北海道日本ハムファイターズ対埼玉西武ライオンズの第4回戦。18時02分にプレイボールがかかったこの試合は、後に球史に残るであろう、息詰まる投手戦として記憶されることになる。
スコアボードにはゼロが延々と刻まれ、試合時間は3時間40分にも及んだ。まるで両軍の投手陣が、互いに一歩も譲らぬ完璧な壁を築き上げているかのようだった。引き分けの二文字が現実味を帯び始めた延長12回裏、球場の誰もが予想だにしなかった劇的な一振りによって、この長い均衡は破られる。最終スコア、2対0。ファイターズが見せた粘り勝ち。それは、投手力の結晶と、一瞬の閃きが生んだ、まさに野球の醍醐味が凝縮された夜だった。
鏡合わせの投手戦:両先発、8回まで譲らず
この日のマウンドには、ファイターズが左腕・山﨑福也、ライオンズが右腕・今井達也が上がった。両エースが演じたのは、まさに圧巻の投手戦だった。
山﨑、今井ともに8イニングを投げ抜き、山﨑は2安打、今井は3安打と打者を寄せ付けない。そして、驚くべきことに、どちらも無失点。山﨑は94球を投じ2奪三振、今井は4奪三振と、支配的なピッチングを展開した。スコアボードには8回まで両チームともに「0」が並び、観客は固唾を飲んでその投手戦を見守った。
特筆すべきは、両先発の成績が「8回無失点」と、まるで鏡に映したかのように酷似していたことだ。これほどまでに拮抗した先発投手同士の投げ合いは稀であり、それは試合に独特の緊張感をもたらした。片方の投手が無失点イニングを終えるたびに、もう片方の投手には「こちらも抑えなければならない」という無言のプレッシャーがかかる。好投というだけでなく、その対称性が、試合が進むにつれて重圧を増幅させていったのである。
鉄壁リリーフ陣、ゼロ行進を延長へ
8回を投げ終えた両先発の後を受け継いだリリーフ陣もまた、その期待に応える完璧な仕事を見せる。
ライオンズは9回にウィンゲンター(1回無安打2奪三振無失点)、10回に佐藤隼輔(1回無安打1奪三振無失点)、11回に平良海馬(1回無安打1奪三振無失点)と、自慢の投手をつぎ込み、ファイターズ打線を沈黙させる。
対するファイターズも、9回に田中正義(1回無安打2奪三振無失点)、10回に池田隆英(1回1安打1奪三振無失点)、11回に河野竜生(1回無安打1奪三振無失点、ホールド記録)と、ブルペン陣が奮闘し、ライオンズに得点を許さない。
試合は9回、10回、11回と進んでも0-0のまま。両チーム合わせて7人のリリーフ投手がスコアボードにゼロを刻み続けた事実は、両チームの投手層の厚さを物語っている。しかし同時に、延長12回という長丁場でファイターズが4安打、ライオンズが3安打に終わったという事実は、攻撃陣が決め手を欠いた、あるいは投手陣がそれほどまでに打ち崩し難かったのか、という問いも投げかける。まさに投手力が支配した試合展開だった。
主な投手成績
チーム | 投手名 | 役割 | 投球回 | 被安打 | 奪三振 | 失点 | 結果 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
日本ハム | 山﨑 福也 | 先発 | 8.0 | 2 | 2 | 0 | – |
日本ハム | 田中 正義 | リリーフ | 1.0 | 0 | 2 | 0 | – |
日本ハム | 池田 隆英 | リリーフ | 1.0 | 1 | 1 | 0 | – |
日本ハム | 河野 竜生 | リリーフ | 1.0 | 0 | 1 | 0 | ホールド |
日本ハム | 杉浦 稔大 | リリーフ | 1.0 | 0 | 2 | 0 | 勝利 |
西武 | 今井 達也 | 先発 | 8.0 | 3 | 4 | 0 | – |
西武 | ウィンゲンター | リリーフ | 1.0 | 0 | 2 | 0 | – |
西武 | 佐藤 隼輔 | リリーフ | 1.0 | 0 | 1 | 0 | – |
西武 | 平良 海馬 | リリーフ | 1.0 | 0 | 1 | 0 | – |
西武 | 甲斐野 央 | リリーフ | 0.2 | 1 | 1 | 2 | 敗戦 |
均衡を破るチャンスと、立ちはだかる壁
鉄壁の投手陣を前に、両チームの打線は沈黙を強いられていたが、全くチャンスがなかったわけではない。
7回裏、ファイターズはこの試合最大の好機を迎える。二死から5番・田宮裕涼がライトへヒットを放ち、今井からチーム初ヒットを記録。これで流れを引き寄せると、続く万波中正が四球を選び、二死一、二塁。さらに四球で満塁と、一打逆転のチャンスを作り出した。打席には7番・上川畑大悟。球場全体の期待が高まったが、上川畑は空振り三振に倒れ、絶好のチャンスを逸してしまう。
これほど緊迫した投手戦において、満塁機を逃したことの心理的な影響は大きい。得点がいかに貴重であるかを痛感させられ、試合の主導権を完全に握る機会を失ったことで、再びプレッシャーは守備と投手陣へと戻っていった。この7回の逸機があったからこそ、終盤の劇的な結末がより一層際立ったとも言えるだろう。
また、試合を通じて両チームの好守も光った。10回裏にはライオンズの佐藤隼輔がセンターへ抜けそうな当たりを足で止めるファインプレーを見せれば、10回表にはファイターズの五十幡亮汰が前進守備から快足を飛ばし左中間の打球をキャッチ。8回裏にはライオンズ捕手・古賀悠斗が飛び出した走者を見逃さず牽制アウト、7回裏にはライオンズ遊撃手・源田壮亮がセンター前に落ちそうな打球を好捕するなど、守備陣も投手をもり立て、ゼロ行進を支えた。
12回裏、郡司裕也が試合を終わらせる
時計の針は21時半を回り、試合は延長12回裏へ。エスコンフィールドの空気は、3時間以上にわたるゼロ行進によって、張り詰めていた。ライオンズはこの回、5番手として甲斐野央をマウンドへ送る。
ファイターズの攻撃。先頭打者が倒れた後、松本剛が出塁し(記録は不明だが、最終的に二塁走者となる)、一死二塁。ここで新庄剛志監督が動く。代打に送られたのは、郡司裕也だった。
延長12回、一打サヨナラの場面での代打起用。これは単なる采配ではない。相手投手・甲斐野との相性、郡司の持つ勝負強さや長打力への期待、あるいは指揮官の直感。いずれにせよ、この土壇場での決断は、新庄監督のアクティブな試合運びと選手への信頼を示すものだった。
打席の郡司。対するは剛腕・甲斐野。カウントは1ボール2ストライクと追い込まれる。球場全体が息をのむ。そして、次の瞬間だった。甲斐野が投じた一球を、郡司は完璧に捉えた。打球は高々と舞い上がり、ライトスタンドへ一直線。
劇的な、代打サヨナラ2ランホームラン。
ボールがフェンスを越えた瞬間、エスコンフィールドは大歓声に包まれた。3時間40分に及んだゼロ行進に、郡司の一振りが終止符を打ったのだ。ホームベース付近では歓喜の輪ができ、選手たちは郡司を手荒く祝福した。この結果、12回表を無失点に抑えた杉浦稔大が今季初勝利(1勝目)を手にし、痛恨の一発を浴びた甲斐野が今季初黒星(1敗)を喫した。この劇的な瞬間は、動画でも確認することができる。
「しびぃー。」新庄監督も唸った劇的弾
試合後、興奮冷めやらぬ中で取材に応じた新庄監督は、劇的なサヨナラ弾を放った郡司について、独特の表現で称賛した。
「郡司くん、しびぃー。しぶすぎる」
この「しぶい」という言葉には、単なる「格好いい」や「見事」といった意味合いだけでなく、長く苦しい展開の末に、ここ一番で結果を出した勝負強さ、玄人好みの仕事ぶりへの賛辞が込められているのかもしれない。報道によれば、監督はこの時、両拳を握ってガッツポーズを見せたという。それは、厳しい試合展開全体を肯定するような、深い味わいを感じさせる言葉だった。
さらに監督は、試合内容そのものについても触れた。
「投手戦もスリルがあって。いいゲームだなぁ」
勝敗だけでなく、両チームが見せたハイレベルな投手戦、その緊迫感自体を高く評価していることがうかがえる。そして、この日の勝利は、監督が常々口にする「選手を信頼して送り出す」という哲学が、最高の形で実を結んだ瞬間でもあった。特に、土壇場での郡司の代打起用とその結果は、指揮官の選手への信頼の証左と言えるだろう。
エスコンフィールドに刻まれた、忘れられない夜
終わってみれば、11回までゼロが続いた壮絶な投手戦。そして、延長12回裏、代打・郡司裕也による劇的なサヨナラホームラン。この日の勝利で、ファイターズは今季初4連勝を飾り、貯金を今季最多タイの「4」とした。
単なる1勝ではない。このような息詰まる接戦を、劇的な形で制したことは、チームの士気と勢いを大きく高めるはずだ。前年の2位躍進から更なる高みを目指すチームにとって、苦しい展開での粘り強さと勝負強さを示したこの勝利は、計り知れない価値を持つ。それは、過去2年間の成長を証明し、今後の戦いに向けて大きな自信となるだろう。
延々と続いた静寂が一瞬の轟音で破られる。これぞ野球の醍醐味。エスコンフィールドに集ったファンは、そしてこの試合を見届けた全ての野球ファンは、この夜のことを長く語り継ぐに違いない。郡司裕也の一振りが、北の大地に忘れられない記憶を刻んだ。
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